- 1月 第1回
- 松村邦洋さん (全5回)
芸能界をはじめ各界で活躍するタイガースファンに、愛するタイガースへの熱い想いを語っていただく各界からエール「ガオー!応援隊!!」。
今月は、山口県ご出身でディープな阪神ファンとしても知られる、お笑いタレントの松村邦洋さんにご登場いただきます。今回はその第1回目をお届けします。
Q:ファン歴が長いことで有名ですが、タイガースとの出会いは?
松村: 父親が、タイガースの大ファンだったんです。松村家は山口県出身なので、本来は広島ファンが多いんでしょうけど、戦国時代の豊臣家と徳川家みたいに両巨頭が戦うっていう流れだったんですかね、うちは反主流派の家で「なんだコノヤロー」みたいに弱そうで頑張っているところを応援する親父だったんです。しかも巨人が全盛の時代で、テレビも巨人戦ばっかり。そんな環境だから巨人が負けると嬉しいし、『巨人の星』の漫画が出た時もアンチ巨人の親父は怒っていました。『巨人の星』で花形満が三振した時も、非常に気分を悪くしていましたし、少年誌「漫画王」の付録で『沢村栄治物語』が付いていた時も、親父は何が沢村だ!藤村富美男物語を作れよ!と怒っていました(笑)。僕が阪神ファンになったのはそういう反主流派の家で育った影響が大きいと思います。
Q:お父さんも熱狂的なファンだったんですね。
松村: そうなんですよ。ちなみに、家では毎日新聞を取っていたんですが、親父が新聞を読みながら、当時セカンドで4番だった中村勝広選手を指しながら、「お前これオーダー読めるか?」って。小学校2・3年生くらいの子供にスタメン表を読んでみろ!って言うんですよ。それで、「5番掛布雅之、2番田淵幸一、3番ブリーデンって書いてある・・・これって打順?」って言ったら親父が「違うんだ!5っていうのはサードを指すんだ!3番サード掛布雅之、4番キャッチャー田淵幸一、5番ファーストブリーデン、9番はライトだからな!」って。そんな感じで、親父には野球の基礎を詳しく教えてもらいましたね。
Q:その頃テレビ中継はたくさんあったんですか?
松村: テレビ中継は、NHKで時々やっているくらいでした。ですので、やっぱりテレビよりラジオで応援するのが中心でした。大阪のラジオをよく親父と聞いていたんですけど、当時は電波がひどかったですね。聞いている最中に外国の放送が入ることもありました。八回の裏、ブリーデンのホームラン、ラインバックのホームランに喜んで手を叩いていると、放送が乱れたりして・・・試験放送みたいな電波も多かったんですかね。
Q:大阪のラジオ番組が、山口でも聞けたんですね。
松村: 夜になると大阪のラジオ放送をよく聞いていたから、山口で過ごした小学生から高校生までの間は、ラジオとの思い出が尽きないですね。高校生ぐらいからは、芸人を目指していたから大阪の毎日放送のヤングタウンとかOBCヤングラジオを特によく聞いていました。大阪のラジオは好き放題にコテコテの阪神トークをしてて楽しかったです。テレビ山口でも花の新婚カンピューターっていう大阪の番組をやっていて、司会の上岡龍太郎さんがやたらと阪神の話をしているのが好きでしたね。ご主人の名前が工藤っていうだけで、工藤一彦のようだって褒めて、しかも奥さんが伊藤なもんだから伊藤・工藤はいいですねぇって。あの頃は阪神ファンにしかわからない話題をバラエティでたくさん聞けて面白かったですね。
ディープなタイガースファンの松村さんのルーツは、熱狂的な阪神ファンのお父さんの教育(?)のたまものだったんですね。昔のラジオの放送のエピソードは、懐かしい方もたくさんいらっしゃるんではないでしょうか?
第2回の更新は1月9日(月)。お楽しみに!