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金本知憲選手引退会見
2012年09月12日 更新

12日(水)、金本知憲選手が西宮市内のホテルにて会見を行い、今季限りでの引退を発表いたしました。

金本知憲選手コメント(会見より)

きょうは突然お集まり頂き、ありがとうございます。私、金本知憲は今季限りをもってユニフォームを脱ぐ決意をし、発表させていただきます。

-様々な思いを持っての今回の決断だと思いますが、率直な今の気持ちをお聞かせください。

金本:ホッとした一面もありますし、悔いもあります。さみしい気持ちもあります。そんな色んな気持ちが混ざっているというか、でもホッとしたという気持ちが(大半を)占めてますね。

-悔いがあるという言葉が出ましたが、どのあたりでしょうか?

金本:悔いは悔いでも、色んな悔いがあると思うのですが、やっぱり若い時にもっとバットを振っておけばよかたなとか、もっともっと自分を鍛えてバットを振ったりランニングをしたりだとか、もっと練習しておけば良い成績が残せたんじゃないかなという悔いもあります。あとは、肩を怪我して、何とかもう一回全盛期の成績を目指してやってきましたけど、それが数字的にどうしても出来なかったという悔いもあります。それから、多少はまだ来年もチャレンジしたいなっていう、そういう悔いもあります。

-そんな中でいつ引退という決意をされたんでしょうか。

金本:実際いつっていうのは分かりませんが、10日くらい前から少し考え始めまして、本当の決断っていうのは一昨日ですかね。

-一昨日に決断された理由とは何でしょうか?

金本:理由はたくさんありますし、自分に対して限界かなっていう思いもあります。時代の流れというか、若手に切り替わっていく中で、いつまでもいい時のパフォーマンスが出せない自分がいるのも、肩身が狭いという思いもありましたし、体が辛いというところもあります。

-ただ昨日も代打でヒットを打たれました。今日の発表に世間のファンの方も驚いていると思います。なぜこのタイミングでの発表ということになったのでしょうか。

金本:ちょうど10日前に今年どうしようかっていう話が出た中で、ちょうど自分の中で10日後に(結論を出すと言う)日時設定をしたっていうのもあります。出来れば試合の無い移動日や月曜日とかが良かったのですが。先行して報道が出たりするのもちょっと嫌だったもので。何故今日かって言われても(笑)。意味はないです。

-和田監督にはいつ頃どのような形で伝えたのでしょうか。

金本:昨日の試合前です。

-その時、和田監督からはどのような言葉を。

金本:もう決めたのかと。和田監督とは2003年から一緒でしたので、監督も「来年も再来年もどんな形でもカネとは、一緒にチームの為に戦っていくつもりだったと思っていた」とは言ってくれました。

-それを聞いて金本選手はどんな感想を。

金本:その前に、今年も含めて去年、一昨年と和田監督がバッティングコーチとして一緒にやってきて、肩を怪我してからも色々と気を使ってもらったり、復活も期待してくれましたので、それに答えられず、僕から「すいませんでした」と一言言いました。

-今改めてご自身の21年間の選手生活を振り返っていかがでしょうか。

金本:先ほども言いましが、もっと(練習を)しておけば、もっと違ういい数字が残ったんじゃないかなという思いと、フルイニングという記録を作ったりだとかよく頑張ったなという思いもありますし、特にこの3年間っていうのは惨めというか、自分がみっともなくて可哀想っていうかね。自分で可哀想っていうのもおかしいですけど、プロ野球に入ってからの最初の3年間と、最後の3年間というのは、もうこんな苦しい人生があるのかなという3年間だったですね。

-そんな中でも活躍した背中ばかりが私達には思い出されます。ご自身ではどんな場面が心に残っていますか?

金本:21年間ですか?ありすぎて一言ではちょっと言えないですが、辿っていってみると、先ほども言いましたように、最初の3年間はずっと2軍とか、出始めの頃は練習がキツくてついていけなくて、いつクビになるだろうという思いの中でやっていましたので、その苦しかった思いがまず浮かびます。それからレギュラーになって、一つはカープで優勝できなかったのがすごく残念だったっていう思いはあります。FA宣言してタイガースに来てからは、いきなり優勝させてもらって、しかも2003年、2005年2回も優勝させていただき、良い思い出というか、タイガースの歴史の中で一番強くてお客さんが入って、一番人気のあるときにプレーさせていただき、タイガースに来てからは、本当に幸せな野球人生だったと思います。

-そんな中で、ご自身の記録としましては、サイクルヒット、トリプルスリー、連続フルイニング出場の世界記録、大学出身の選手として初の2500本安打。数々の記録、金字塔を打ち立ててこられましたが、ご自身で一番誇りに思っておられる記録というのは、どれになりますでしょうか?

金本:僕の中で正直、いつも後輩たちに言っていることは、連続無併殺記録ですね。やっぱり内野安打でなくて、併殺というのは打率が下がる局面ですが、そこでも全力で一塁へ走って、ゲッツーにならなかったという、内野安打になるんだったら誰でも走る、ならない局面で全力で走ることが出来たというのは、ある意味フルイニング記録よりは自分で誇りに思っています。

-今、田淵さんと(通算本塁打数で)並んでいますが、このあたりについてはいかがでしょうか?

金本:そうですね。シーズン始まって楽勝で抜けると思っていたんですけどね。(現在)タイですか。なんとかね一本打ちたいです。

-そして、これまで支えてきてくれたご家族には、今回の引退の決意はどの様な形で伝えられたのでしょうか?

金本:子供に言いましたら大泣きしていましたが、いつかは辞めるんだよということで。あとは、母親には一番初めに伝えました。体のケアをこれからしてくれと。

-金本さんを変わらず応援を続けてくださっているファンの方にも一言メッセージをお願いします。

金本:落ちぶれてからは、バッシングもありましたが、それでもこんな成績でも、一生懸命励ましていただいたのもありますので、弱ったときに支えてくれた人っていうのは恩義に思います。

-抽象的な質問になりますが、金本さんにとって野球とは一体何だったのでしょうか?

金本:長嶋さんじゃないですが、人生そのものですね。野球人生、野球を10歳から始めて、7割8割が辛いことで、2割3割の喜びというか、充実感というかしかなかったですが、その少しの2割3割をずっと追い続けて、7割8割苦しい思いをしたというそんな野球人生でしたね。

-ありがとうございました。

坂井オーナーのコメント

「プロ野球選手として21年間の長きにわたり活躍し、タイガースでは2003年、2005年のリーグ優勝の原動力となり、これまで後輩の手本としてチームを引っ張ってきてくれた。どれだけチームが助けられてきたか。功績をあげればきりがない。1492試合連続フルイニング出場記録は想像を絶する努力の賜物である。近年は故障と闘いながら、ここまで本当に頑張ってくれたと思う。金本選手には心から「お疲れ様でした。」と申し上げたい。」

和田監督のコメント

―金本選手引退の決意表明を聞かれた時の状況について教えて頂けますか?

和田:本人が言っていましたように、試合前のシートノックが終わった後に、監督室で話をしました。今季でユニフォームを脱ぎますという話で、あまりにも突然でしたので、驚いたのですが、かなり決意は固いということでしたので、本当に考え抜いた末の結論だったと思います。
まだゲームもありますので「御苦労様」というのには早すぎますので、報告を聞くような形になりました。

―会見で「どんな形であっても来年、再来年も一緒に戦っていけると思っていた」と仰ったと言われていましたが?

和田:年齢のこともありますし、年々体がいうことを利かなくなるということがありますが、最近のプレーを見ていますと、守備に就かなくなりスイングもかなり良い状態に戻り、結果も出ていましたので、代打では十分というような形を見せてくれていました。バッティングでクローズアップされることが多かったですが、バッティングだけではなく、守備走塁で何とかしようという、強い意識を持っている選手でした。
本当にタイガースを変えてくれた選手ですし、野球に取り組む姿勢であったり、特に故障に対して弱音を吐かない姿勢が各選手に伝わって、非常に精神的にもチームが強くなれた、そういう選手の一人ですね。

―昨日試合前に引退の決意を本人から聞かれて、代打で起用した時の気持ちと言うのは、いつもと違う思いなどはありましたか?

和田:コーチ-選手、監督―選手という立場で野球を見てきていますので、そういう意味では、(引退決意を)言われてすぐだったのですが、昨日の時点で(残り試合があと)20試合というところでしたので、あと何打席チャンスがあるか分かりませんが、最後まで見届けたいなという思いで代打を送りました。

―残り試合も金本さんを当然戦力として期待をされると思いますが、どういう活躍を期待されますか?

和田:最後の試合はいつになるかまだ分かりませんが、とにかくベンチにいる限り戦力として、引退ということは全く考えず、そういう選手起用をしていきたいと思います。
昨日は先頭打者というところで起用しましたが、やっぱりランナーを置いての起用が彼の真骨頂だと思います。やっぱりそういうところでの活躍を見たいと思いますし、会見で「もう一本」と言っていましたので。
でもこれは我々が打たせてやるっていう問題では無いんで、何回チャンスがあるか分かりませんが、その中でも打ってくれるんじゃないんでしょうか。

―2003年コーチをされていた(移籍1年目の)時から今日まで、監督が印象に残っているプレー(シーン)などはありますでしょうか?

和田:沢山ありすぎて絞りづらいのですが、やはりチームに対して何とか貢献したいという気持ちが強い選手でしたので、進塁打であったり、ケースバッティングを自分から率先してする、チームの為にという姿勢を見せてくれて、ナインに伝えてくれた選手でした。
そして会見の最後に若い頃もう少し練習をやっておけば良かったと言っていましたが、勿論本心だとは思いますし、若い選手へのメッセージだと思いますので、それを聞いていた若い選手が本当に気持ちを強くして、取り組んでほしいと思います。

―ありがとうございます。