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赤星選手が引退記者会見
2009年12月09日 更新

9日、赤星憲広選手(33)が今季限りで現役を引退することとなり、同日記者会見を行いました。赤星選手は引退を決意した理由やケガとの戦いの苦悩、そして9年間支えてくれたファンへの感謝の気持ちを語りました。

赤星選手引退記者会見

今日はお集まりいただきありがとうございます。社長も同席すると言ってくださったが1人でやらせてくださいとお願いしました。

本当にわたくし事ですが、このたび現役引退をすることを決めました。当初新聞紙上などでは頚椎ヘルニアの悪化と言われていたが、実際は中心性脊髄損傷という診断をされていました。状況が把握できず、認識もできてなかったので、引退は想像もしてなかった。9月12日にケガをしてその症状のひどさは想像を絶するものがあり、今でも腕についてはあまりいい状態ではない。ただ1ヶ月くらいしてだいぶ状態が良くなり、よし、これで復活できるという気持ちが強かったが、全国いろんな病院に行って今後のこととか話を聞いて、今のままで現役を続けることは危険だと言われた。始めは復帰したい、ユニホームを着てグラウンドに立ちたい気持ちが強かったが、いろんな所に行けば行くほど、状況を把握せざるを得ない状況、理解せざるを得ない状態になった。もちろん球団にも現状は報告が行ってたから、最初に「引退した方がいいんじゃないか」と言われた時は、正直「できます」と答えた。僕は最後の最後まで続けたいと。1つ言ったのは「たとえ1年でも様子を見てくれないか」と。

今でも実感がわかないのが本当の気持ちですが、1つ僕の中で決めた理由の中に、病院に行っていろんな話をする中で「今度やったら不随になる可能性、最悪命の危険もある」と言われた。万が一は、万が一なので、そういう危険なプレーをしなかったら、という気持ちもあった。2007年の時より危険は倍増したのは分かっていたから、そういうプレーを避ければとも思ったが。この世界に飛び込んで、プロの体の大きさや強さを痛感しました。精一杯を出さないと、100%の力と100%のパフォーマンスと100%の気持ちを出さないと勝てない。そういう時に「次にやったら」という恐怖感を持って試合に臨む、100%のプレーができないと考えた時点でプロとして身を引くべきだと考えた。

歩いているし、本当にそんなに悪いのかというふうに見えるかもしれません。私生活を見ててもまだできるんじゃないかと正直思うが、僕の全力プレーを見てファンが喜んでくれて、チームも引っ張ってきたつもりですし、それができないということも決めた一つの理由。実際引退とか辞めようかなとかはシーズンが始まるときに悩んできた選手はたくさんいるが、僕はこの1ヶ月ほどしか考える時間がなかったし、今も実感がわかないのは確か。1ヶ月はむちゃくちゃ長かったし、誰にも相談できない。今までで1番苦しかった。本当に悩んだ1ヶ月だった。

―両親への相談。
それも決め手のひとつだった。両親に話した時に、やはり体のことを第一に考えてくれて、まだ続けると言ったら、止めなきゃと思っていたようなので。9年やって「もういいでしょ」と。そう言ってもらえたんで。それが1つかなと。

―セレモニーも無い引退。
今年までレギュラーで試合に出てて、このケガさえなければ、レギュラーでやっていける自信、若い選手に負けない自信もあるが、その中で正直実感がわかないし、まだまだできるという気持ちがあったので。

―印象に残る場面。
あまり振り返りたくないが、2003年のサヨナラヒットが一番思い出に残っている。2005年日本シリーズで4連敗したことも。あの悔しさがあるから、もう一度日本一になりたい気持ちが強かった。日本一になれず辞めるのは悔しい。

―恩人について。
指導をしてくれた人全てが恩人だと思ってますし、小さい頃からやり続けているそこで出会った人全てが恩人と思ってる。9年は短かったけど、ここまでできると思ってなかったし、ありがたいし、自分が頑張った成果だ、とも思う。なので恩人というより全ての人に感謝したい。

―9年間のこだわり
盗塁に関しては絶対プロで通用すると自信があったし、実際通用して、その中でホームに還ってくる快感は僕の中で野球の中で一番の喜びでした。正直タイガースは僕が入るまではそういうチームではなかったので、そういう意味で意識改革はできたかなと思うし、他球団を見てても、走塁は大きなポイントだと思うので。いい意味で改革ができたんじゃないかと。

―ケガを乗り越えてきた源。
いろんなケガをしましたし、その中でなんとかと思いながら、後はとにかく気持ちで野球をやろうと思ってきた人間なんで、肋骨が折れた時も気持ちでやってきたが、今回のケガは気持ちでカバーできるものではなかった。

―もうユニ姿が見れない。
本当にファンの方にはたくさん応援してもらいパワーをもらい、引っ張ってもらったこともあるので、姿を見せられないのが残念で、さみしいなぁと思う。

―今後について。
野球のために人生を使ってきたし、野球を選ぶことで犠牲にして、捨てたこともある。今回のことに関しても、野球が人生の全てだと思っていたが。よく現場で死ねたら本望って言うが、正直あの時本望だったかと言われたらそうではなかった。恐怖心もあった。これから人生はまだ30年以上あると思うし。僕から野球を取ることはできないし、忘れるというのは無理なんで、なんらかの形で野球の発展とか、力もなりたいと思う。野球とは離れられないものと思ってますから。

―車いす活動も。
そういう社会貢献に興味を持ってる選手も増えているし、今日もこれからやりますが。最後の車いすだと思うと、正直まだもっとできなかなと。まだ100くらいは贈りたいと思っていたので。

―選手へ。
ぎりぎりまで悩んだので今日の引退も伝えきれてない選手もいるが、本当に、伝えた選手には寂しいとか言ってくれ、その時は本当にかなり寂しい気持ちにもなったし、まだできるんじゃないかと思って自分が辞める中で、長くやっている選手には公私ともども世話になったし、若い選手にもまだまだできる選手がいっぱいいるし、そういう選手には本当に頑張って欲しいと思う。2008年の大逆転をやり返したい気持ちもあるし、僕はプレーして晴らすことはできないので、それをみんなに託して、みんなもまさか正直辞めると思ってなかったみたいで、現実を受け止められない選手も多くいた「もう1回話をしようよ」と親身になってみんな聞いてくれた。

―いま改めて実感は。
今の状況でこれを受け止めるっていうのは無理かなと、1月に自主トレとかキャンプをやっているのにしてない時に初めて野球を辞めたと実感がわくんじゃないかと思う。

―ファンの皆さんへ。
本当に9年間でしたけど、本当にたくさんの応援をしていただけたからこそここまで成長できたと思うし、本当にファンの人たちと優勝して気持ちを分かち合った経験もできた。勇気も希望も与えてもらったし、野次に反論したりもしたが、あの大歓声の中で野球がもうできないと考えると、さみしい。本当にお礼が言いたい。感謝しきれない。ありがとうございますと言いたい。僕も阪神タイガースを応援する立場として、みんなに日本一を託すしかできないので、もっともっと阪神タイガースが、阪神ファンが球界を盛り上げていかないと、と思う。本当に、 9年間お世話になりました。